顕微鏡下頚椎前方椎間孔拡大術(MacF)とは
MacFとは? 頚椎症性神経根症や外側型の頚椎椎間板ヘルニアに対して行う低侵襲手術
頚椎の手術にはさまざまな手術方法があり、より低侵襲になるように日々研究され発展を遂げています。頚椎の手術方法の中でも、患者さんの負担が少ないMacF(マックF)と呼ばれる顕微鏡下頚椎前方椎間孔拡大術について解説します。
MacFとはどのような手術?
MacF(マックF)とは、「顕微鏡下頚椎前方椎間孔拡大術」のことを指します。 1996年にJho HDが発表した術式で、“Microsurgical anterior cervical foraminotomy” といい、その頭文字をとってMacFと呼んでいます。対象となる病気は、頚椎症性神経根症と外側型の頚椎椎間板ヘルニア*で、保険が適用されます。同様の術式を、単に「前方椎間孔拡大術」と呼んでいる施設もあります。いずれの施設でも顕微鏡下で行われています。
*外側型の頚椎椎間板ヘルニア…頚椎椎間板が斜め後ろに飛び出し、脊髄の端から片方の神経根が圧迫されている状態
< Jho HDの論文のabstract>
A new technique of microsurgical anterior foraminotomy was developed to improve the treatment of cervical radiculopathy. This technique provides direct anatomical decompression of the compressed nerve root by removing the compressive spondylotic spur or disc fragment. The nerve root is decompressed from its origin in the spinal cord to the point at which it passes behind the vertebral artery laterally. Because most of the disc within the intervertebral space is undisturbed, a functioning motion segment of the disc remains intact. This technique differs from that of Verbiest in that it does not directly transpose the vertebral artery. Unlike Hakuba’s technique, the disc within the intervertebral disc space is not removed.
Jho HD,et al.J Neurosurg.1996 Feb;84(2):155-60.より引用
品川志匠会病院でのMacFについて
全身麻酔で、のどの横にシワに沿って3cmほど横に切開します。頚椎前面に達したら、顕微鏡下で目的の関節の一番はじ(ルシュカ関節)にキーホールと呼ばれる縦長の穴をドリルで開けます。この時、関節の中央から反対側にかけて、なるべく多くの椎間板を温存します。
次に、キーホールから神経根を圧迫している骨のとげや、椎間板ヘルニアをピンポイントで取り除きます。最後に、切開した皮下組織を吸収糸で縫い合わせ、合成皮膚表面接着剤で閉じて終了です。抜糸はありません。 患者さん自身の椎間板は7〜8割ほど温存されるため、人工骨や金属による固定は行いません。削ったところは、3か月程で結合組織が形成され、自然に補強されます。
術後3時間で歩いて構わなく、傷の痛みも軽いため、ストレスが少ないです。
左C5/6MacF後の頚椎3D‐CT画像です。左は頚椎を前から見た画像で、右は左斜め前から見た画像です。矢印のところをドリルで削って、神経根の通り道の椎間孔(右図の黒い穴)を拡大しています。
右図の黒四角の範囲を顕微鏡で拡大して見た画像です。青矢印がキーホール、赤矢印が除圧後の神経根です。
別の患者さんの頚椎3D-CTで、頚椎を右前方から見た画像です。 術前(左)は丸印内の椎間孔の著しい狭窄を認めますが、術後(右)は椎間孔が拡大されています。
同じ患者さんの輪切のCTで、左が術前、右が術後です。左図ではルシュカ関節の骨棘が赤矢印のように増殖して、神経根の通路である青矢印の椎間孔を狭めています。
右図では、矢印のようにルシュカ関節を削り、椎間孔が拡がっています。
次に、頚椎椎間板ヘルニアの患者さんのMRI画像を提示します。
左図は術前のMRI画像で、矢印のように椎間板ヘルニアが椎間孔へ突出しています
右図はMacF後です。赤矢印のようにドリルで切削し、ヘルニアを摘出しました。青矢印のごとく、椎間孔が拡大しています。
MacFのメリット
MacFには、以下のようなメリットが挙げられます。
神経根を前方から圧迫する骨のとげやヘルニアを前方から直接取り除ける点で、他の術式より優れています。(脊髄の除圧は、他の術式が適応になります。)
通常は5〜6日で退院可能です。MacFは低侵襲な術式のため、従来の手術方法と比べて入院日数を短縮できます。お仕事や家庭の事情がある場合には、最短2日間まで短縮可能です。
3cm程度の頚部前面の切開で行う手術で、筋肉を傷つけにくく、頚椎後方からの手術に比べると創部の痛みが軽いです。
MacFでは、顕微鏡で見て止血しながら手術を進めるため、出血量が従来の手術に比べるとはるかに少ないことも特徴です。体への負担が少なく、高齢者でも手術できる可能性が高くなります。
皮膚の切開部は、合成皮膚表面接着剤を用いて塞ぎます。濡れても問題ないため、手術の翌日からシャワーを浴びられます。退院した日からは入浴も可能です。
MacFは、歩行困難な方に対する手術ではないため、術後のリハビリ通院の必要がありません。退院時は、飛行機を含む公共の交通機関を利用して帰ることができます。
なお、腕や手の麻痺がある方は、リハビリ方法を入院中に指導し、自宅でリハビリを継続していただきます。
MacFで起こりうる合併症
MacFに特有の主な合併症には、以下が挙げられます。
頚椎を固定しない術式のため、術後に関節の変形を生じることがときにあります。これを防ぐため、1か月程度頚椎カラー固定を行います。
手術で除圧した神経根の、反対側の神経根症を生じることがあります。保存的治療で改善しない場合は、反対側のMacFを追加することがあります。
術後に軽度の眼瞼下垂を生じることが稀にあります。
術後に声かすれを生じることが稀にあり、専門の耳鼻科に紹介することがあります。
手術中に椎骨動脈の近くを削るため、動脈出血を生じることがきわめて稀にあります。止血は可能です。
術後の受診頻度
術後の受診について、当院では、関東に住んでいる方の場合は、1か月後、3か月後、6か月後、1年後、2年後です。関東以外の遠方に住んでいる方は、3か月後と1年後、2年後に受診していただいて経過をみます。
MacF:手術後どれくらいで復職できる?
当院でMacFを行った場合、ほとんどの職業で、退院後すぐに復職可能です。ただし、頚椎カラーを装着して、姿勢に気をつけてください。前傾姿勢を避けることが望ましいです。痛みがないからと、長時間同じ姿勢で無理してはいけません。
基本的に手術前に仕事ができていた方は、退院後すぐに復職できます。手術前に状態が悪く仕事ができていなかった方は、術後の経過をみながら徐々に体を慣らしていきましょう。
頚椎症性神経根症や外側型の頚椎椎間板ヘルニアで悩んでいる方へ
頚椎症や頚椎椎間板ヘルニアで、症状が神経根症のみの方は、日本においては手術という選択肢を提示されないことが多いです。それは、保存的治療で治癒する方の割合が多いからです。 しかし、疾患が加齢によるものなので患者絶対数が膨大な人数であり、保存的治療で治らない方の割合は少なくても、人数とすれば大勢の方が悩んでいることになります。 保存的治療で症状が改善せず、手術で治したいと考えていても手術を断られたり、診療科を次々と回されたり、医師に辛さをわかってもらえないということもあるかもしれません。 当院では、手術を希望していない方に手術を勧めることはありません。手術で治したいという意思を持つ方の助けになりたいと考えています。
【MacF担当医】土屋 直人