頚椎症性神経根症について
頚椎症性神経根症とは? 手術の対象となる患者さんは?
頚椎症性神経根症とは、頚椎の変化(椎間板の膨隆や骨のとげの形成)によって神経根が圧迫されることで、首から手にかけて痛みやしびれが生じる加齢疾患です。
安静にしていれば、60〜90%の方が3か月ほどで症状は治まります。重症の方や再発を繰り返す方は手術で治すことができます。
頚椎症性神経根症とは?
歳を重ねると、頚椎椎間板は水分が減少して固くなったり、潰れたりと変性が起こり、それに伴い頚椎は変形します。このことを頚椎症と呼びます。頚椎症の中でも、頚椎の変化(椎間板の膨隆や、骨のとげの形成)によって神経根が圧迫され、片側の首から手にかけて痛みやしびれなどの症状が出ている場合を頚椎症性神経根症といいます。
頚椎の変形が脊髄を圧迫している場合は頚椎症性脊髄症といいますが、頚椎症性神経根症とは症状や手術適応などが異なります。
頚椎症性神経根症の原因
頚椎症性神経根症の主な原因は加齢変化です。脊椎の加齢変化が起きやすい家系もあるため、体質的なものも関係している可能性があります。
デスクワーカー、職業ドライバーなど長時間座位をしている方は、うつむきになるため首や腰など脊椎への負担が大きくなります。仕事中は背筋を伸ばして、1時間毎に体を動かしたほうが頚椎にとってはよいです。また内装業、植木職人やエアコンのメンテナンスをする方は、よく上を向くため発症しやすくなります。
柔術などの格闘技、ラグビーやサッカーなど首に衝撃が加わるスポーツはもちろんですが、テニス、バドミントン、自転車、サーフィンなどのスポーツでも首に負担がかかり、椎間板の変性を早めてしまうことがあります。
頚椎症性神経根症の症状
頚椎神経根は、脊髄から左右に8本ずつ分岐しています。これが椎体と椎体の間の椎間孔から、1本ずつ頚椎の外に出てきます。片方の神経根が圧迫されている場合は、片方の首から肩、腕、手にかけて痛みやしびれが出ます。両側の神経根が圧迫されてしまっている場合は、両方の上肢に症状が出ることもあります。
激しい神経痛を伴う場合から、片側の首肩こり程度の方まで、重症度には幅があります。
ときには、肩、腕や手の筋肉麻痺を生じることもあります。痛みやしびれは軽度のことも多く、片腕が挙上できない、肘が曲がらない、手指の曲げ伸ばしが困難などの症状が出ます。障害される神経根によって、麻痺する筋肉は異なります。頚椎症性神経根症によって筋肉麻痺を生じる場合を、特に頚椎症性筋萎縮症と呼びます。発症後、急速に麻痺した筋肉が萎縮して、細くなってしまいます。
頚部には、交感神経幹という自律神経の中枢が走っています。頚椎神経根と交感神経幹は、神経線維で連絡を持っているため、頚椎症性神経根症になると、自律神経失調症を併発することがしばしばあります。
頭痛、耳鳴り、めまい、ドライアイ、視力低下、顔のしびれ、喉の詰まり感、倦怠感、動悸、排尿・排便障害、手足のしびれなどさまざまな症状をきたします。自律神経障害による手足のしびれは、部位が移動性で、出たり消えたりと波があることが特徴です。
首から腕にかけての痛みやしびれとリンクするように自律神経失調症の症状が出てきた場合は、頚椎症性神経根症と関連がある可能性があります。
頚椎症性神経根症の検査と診断
頚椎症性神経根症は、高位診断(どの神経根か)を誤ると手術をしても治らないため、術前の診断が極めて重要です。画像診断で何か所も神経が圧迫されていると考えられる場合は、今どの神経が痛みやしびれの原因になっているのかを詳細な検査と神経学的診察でよく見極めます。
頚椎症性神経根症の診断のためには、以下の検査などが行われます。
・神経学的所見(画像診断で判断が難しいときに重要です。)
・頚椎レントゲン検査(斜位を含む6方向)
・頚椎CT検査(3D-CTを含む)
・頚椎MRI検査(ルーチン撮影に詳細な椎間孔撮影を追加します。)
・高位診断ブロック(疑わしい神経根にブロック注射を行い、効果を判定します。)
そのほか、まれに行う検査としては、以下のものがあります。
・脊髄造影検査(ミエログラフィー)
脳脊髄液が流れている所に造影剤を流して、レントゲンやCTを撮ります。脊髄と骨の両方を、細かい病変まで確認できます。CTやMRIで診断が困難なときや、ペースメーカーが入っている等の理由でMRIを撮ることができない場合に行います。
筋電図検査は、筋肉に電気刺激をして筋肉からの電位を測る検査です。神経内科系の病気と鑑別するときや、神経の圧迫がどこの部位で起きているのかを確かめるときなどに行われます。
頚椎症性神経根症の治療
頚椎症性神経根症は、安静にしていれば60〜90%の方が3か月で自然寛解すると報告されています。根本的に神経圧迫が治る訳ではないものの、神経根の炎症が落ち着いて症状が治まるからです。
そのため、基本的に3か月は保存的治療で様子をみます。薬物療法(消炎鎮痛剤・筋弛緩剤・ビタミンB12剤など)や、装具療法(頚椎カラー固定)などを行います。神経根ブロックや硬膜外ブロック、星状神経節ブロックなどが有効なこともあります。頚椎牽引は、その有用性について、いまのところ科学的に十分な根拠は示されていません。保存的治療で症状が改善しない場合は、手術という選択肢があります。
頚椎症性神経根症の手術
頚椎症性神経根症は、前述したように多くの方が自然治癒するため、手術の対象と考えていない医師が一般的です。「そのうちに治るから」と言われ、保存的治療で治らないと「痛みと付き合って行くしかない」と言われることも多いようです。
当院では、以下のような患者さんを手術の対象としています。
・重症の方
・保存的治療で効果が不十分な方
・再発を繰り返している方
・上肢の麻痺、筋萎縮を生じている方 など
痛くて何日も眠れない、仕事に行けないというほど重症な場合は、保存的治療で様子を見る3か月を待たずに手術を検討してもよいでしょう。再発を繰り返している患者さんで、その度に仕事をしばらく休まなくてはならないような方も、再発予防のために手術を検討されてもよいです。上肢の麻痺を生じている場合は、一般的に手術を勧められることが多いです。また、頚椎症性神経根症に付随してさまざまな自律神経症状をきたしている方も、手術の対象となる場合があります。
「保存的治療」という方針が一般的な疾患ですから、患者さんが手術を希望される場合には、主治医の先生から十分にインフォームドコンセントをしてもらい、メリットとデメリットを十分に理解したうえで手術を選択すべきでしょう。
手術の種類
頚椎症性神経根症には、いくつかの手術方法があります。入院期間や手術時間、リスクなどは、手術の種類や病院、医師によって異なるため、主治医の先生に確認しましょう。
顕微鏡下頚椎前方椎間孔拡大術(MacF)
首の前方から行う特殊な手術で、顕微鏡で見ながら神経根の通り道である椎間孔を広げます。限定された施設でのみ行われています。
MacFについて詳しくはコチラ |
頚椎前方除圧固定術(ACDF)
首の前側から5cmほど皮膚を切ります。原因となっている椎間の椎間板をほぼ取り除き、神経根を圧迫している骨のとげや椎間板ヘルニアを可能な範囲で摘出して除圧をします。椎間板があったところにケージ*を挿入し、上下2つの椎体を固定します。その際に、ケージ単独で固定する場合と、補助的に金属製のプレートを当ててスクリューと呼ばれるネジで留めて強固に固定する場合があります。
*ケージ…チタンやPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、チタンコーティングPEEKなどで作られたインプラント。ケージではなく、患者さんの骨盤の骨を移植することもある。
頚椎人工椎間板置換術(TDR)
首の前側から5cmほど皮膚を切ります。原因となっている椎間の椎間板をほぼ取り除き、神経を圧迫している椎間板ヘルニアを可能な範囲で摘出して除圧をします。椎間板があったところに人工椎間板*を挿入します。関節を固定せず、関節機能を保つ点がACDFと異なります。
*人工椎間板…日本で使用できる人工椎間板は2種類あり、それぞれに特徴がある。
頚椎椎弓形成術+後方椎間孔拡大術
首の後ろを5〜7cmほど縦に切って、頚椎後方の椎弓を開きます。椎弓の開き方には、片開き法や縦割法(両開き法)があります。椎弓を開いた所に人工骨や金属のスペーサーを入れて、脊髄の通り道である脊柱管を広げます。さらに、神経根の通り道である椎間孔を後ろから削って広げます。脊髄圧迫と神経根圧迫が共に存在する場合に行なわれます。
頚椎椎弓形成術+後方椎間孔拡大術
首の後ろから内視鏡を挿入して、片側の椎弓から椎間関節の一部を切除して神経根の通り道である椎間孔を広げる手術です。内視鏡でなく、顕微鏡で同様の手術をする施設もあります。いずれも限定された施設でのみ行われています。
手術で生じる可能性のある合併症
合併症は術式によりさまざまですが、共通して起こりうる合併症には以下が挙げられます。
・神経症状の一時的悪化
・術後出血
・術後感染
・全身麻酔の合併症
・内科的合併症
そのほか、術式により特有の合併症がありますので、主治医の先生に確認しましょう。
頚椎症性神経根症の術後―症状が治るまでの期間は?
手術直後から、神経根の血流の改善によって痛みやしびれが軽快する方が多いです。術前の神経の損傷が軽い方ほど、手術直後から効果を実感できます。
術後しばらくすると、圧迫解除された神経が腫れて、一時的に神経症状が悪化することがあります(リバウンド)。術後神経根炎と言い、痛みやしびれ、脱力などが生じます。この炎症があるうちは、天候やストレス、姿勢などにより、症状が悪化したり改善したりと波があります。その場合は術後療法として、痛みやしびれを和らげる内服薬や、神経の修復を促進するビタミンB12やステロイドなどの薬物治療、ブロック注射による疼痛緩和、筋力低下に対してリハビリテーションなどを行います。神経の修復と共に炎症は改善し、1〜3か月ほどかけて治っていきます。
特殊なケースである頚椎症性筋萎縮症の場合は、3〜6か月かけて腕や手の麻痺が改善してきます。その後も筋トレを継続することにより、1年かけて徐々に筋力が改善してきます。残念ながら、筋萎縮が完全に回復することは少ないため、手術のタイミングは早いほど良いと思われます。
術後の再発を防ぐために
術後は、姿勢に気をつけて適度に動いてください。患者さんに、力仕事はだめかとよく聞かれますが、肉体労働より、姿勢のよくないデスクワークや長時間の携帯のほうが頚椎にとっては、負担になると考えられます。前かがみになる時間が長くなればなるほど、頚椎にとってよくありません。
車の運転やデスクワークをするときは、よい姿勢を保ちにくいものです。1時間に1回は、少し立って歩いたり、背筋のストレッチをしたりと休憩をいれて、長時間座り続けないようにしましょう。
寝るときの枕の高さをしばしば質問されますが、マットレスや敷き布団とセットで考える必要があります。横向きで寝てみて首がまっすぐになる枕の高さで寝ると、首への負担が軽減されると思います。
術式によって術後の安静度は変わりますので、主治医に確認してください。基本的に術後1 か月間は、走ったり、飛び跳ねたり、首をひねるような動きは避けてください。特に頚部の前屈や側屈は、首へのストレスが大きいので、しないようにしてください。ウォーキングや首に負荷がかからない筋トレは大丈夫です。ゴルフなどあまり首に負担のかからない運動であれば許可されることがありますが、テニス、バドミントン、サーフィン、サッカーなど首に負担がかかるスポーツは、術後3か月は避けたほうがよいでしょう。
※首の後ろから行う手術をした場合は、なるべく早く首を動かすように指導されることもあります。